水戸興信所 探偵よろず日記

30歳の時ふるさとを出踪、70歳で弟と再会
人物は仮名

大川二郎さん(55)が訪ねてきた。「亡父の遺産を土地区画整理のため市役所に売ることになった。兄、一郎は35年前勤務した証券会社で不祥事をおこして出踪し、以来今日まで全く消息不明である。相続手続きのため兄を探してほしい」とのこと。さらに事情を聞くと、「集金したお金の使い込みが発覚して逃走した。お金は親が弁償したので会社から告訴されず懲戒解雇ですんだ。警察に行方不明届をだしておびただしい数の行路病死者の情報も該当がなかった。30歳の時の事件で生きていれば65歳になる」という。戸籍も、住民票も当時のままで調査の手がうてない。相続手続きができず、不在者財産管理人の申立てを家庭裁判所で行い許可を得て役所との売買契約を済ませた(出踪宣告の方法もあるのだが、死亡扱いになって戸籍上から抹消されるため家族が難色を示した)。

継続して一郎さんの所在調査を依頼されたため、一年に数回、戸籍と住民票を取得して移動状況の点検を続けた。5年目に大川一郎さんの本籍と住民票が、福井県某市某町の市営住宅22号3番に転出していることが判明した。

依頼者の二郎さんに「未だ喜ぶのは早い、現地で本人確認の必要性がある」ことを告げた。つまり、裏世界では故郷を離れて暮らす浮浪者の戸籍が売買されていること。その利用目的は戸籍を買った人間が本人に成りすまし、金融機関との取引や、自分の身分ではあらゆる審査が通らない、過去の経歴に難点ある人間の不正使用が横行している現況を説明した。

わたしは福井県の当地を尋ねた。同行した女性スタッフが、市営住宅の聞き込みをおこなった。女性は好奇心が旺盛であり、対面する相手方も警戒せず話に乗ってくれるので「聞き込みは」女性が適任なのだ。年配の男女数名から概要次の回答を得た。

その奥さんの旦那さんは数十年前に病死した。いつのまにか今の旦那さんがあの部屋に住むようになった。もう30年以上も前の話だ。奥さんは和服の似合う色白のきれいな人で、小料理屋を経営しとったが、最近は店を閉めて自宅に居る。旦那さんは市内の建設会社に勤めておったが数年前に退職して自宅に居る。夫婦とも物静かな人で、会うと必ず挨拶をしてくれる、律義な人だ。夫婦仲がとてもよくて、最近は車を買って二人で買い物やドライブにでかけていると、住民はこの二人に好意的であることが伝わる。私は依頼者の人柄を知っているので、その兄(であろう)一郎さんの評判の良さがすぐに理解できた。

一郎さんが庭先で黙々と自転車みがきしている姿を目撃できた。
依頼者に現地訪問の状況を説明すると「その人は長兄に間違いありません」と確信をもって答えた。早速、二郎さん夫婦と姉らは現地に向かった。以下は二郎さんが、一郎さんと40年ぶりに再会した状況と、一郎さんが語った生活史です。

当日、ドアの前に立った三人は、「何市の大川二郎です」と名乗ると中の住人は無言で静かにドアを開けた。一目で双方は兄弟であることを認め抱き合って泣いた。落ち着きを取り戻すと、一郎は、「証券会社の不祥事を起こして、地元にいたたまれなくなって飛び出した。この40年間みんなに迷惑と心配をかけて申し訳ありません」と三名に詫びた後、部屋の隅に座っていた女性を紹介した。

以下は、一郎さんの言
故郷を出奔して東京に出たが、知人に必ず出会うだろうと思い、あてもなく福井県に流れ着いた。高度成長の時代だったので住み込みで働ける会社はいくらでもあった。私は30才だったので事務系の仕事にも就職できたが、あえて建設業の現場職を選んだ。仕事が終わると、この女性が経営している小さな居酒屋で静かに酒を飲むことだけが楽しみだった。この女性は私より10才年上なので、2年ほど通ううちに安心して身の上話をするようになった。

間もなく、この女性の旦那さんが亡くなった。しばらくしてから、この人は「私の借りてる住宅に住んでよい」と言ってくれたので同居させてもらった。当時、ここの住宅の人たちは私が住んでいることを全く知らなかったと思う。月日が経ってもこの人は、店でも、この住宅でも私の身の上を一切話さず守り通してくれた。私が今日まで無事に生活できたのはこの人のおかげだ。

この人も私も老いた。この女性にいままでお世話になった恩返しに車の運転免許証を取って、買い物や観光をさせたくて住民票を故郷からここに移した。もし、私が先に亡くなった場合は保険金の受取人になってもらうため、まもなく入籍する予定でいた。戸籍と住民票をここに移動したため、故郷の誰かが気付くことは承知していたが、このまま死んでしまったらこの人に申し訳ないと思い、新戸籍の作成・住民票の移動を実行した。

みんなと会えてうれしいが今更故郷には帰れない。この人とこの地で人生を全うしたい。

一郎さんの奥ゆかしい人柄がつたわる生活史でした。

我がままを押し通して、老妻を心身ともに疲れさせてしまう。老妻に感謝やいたわりの言葉をかけることなく経年とともに心の病におちていくご婦人の相談が気にかかる昨今です。
近年、老夫のつまらない妄想や嫉妬で老妻を殴り殺す事件。堪忍袋の緒が切れて老妻が老夫を殺害する事件が多発しています。
大川一郎さんと年上の女性の生きざまに学ぶべきことがあります。
今回は、探偵冥利に尽きる仕事でした。

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