水戸興信所 探偵よろず日記

遭遇した人格障害らしき人達

参考



写真はイメージです



裁判離婚は民法770条に5つの離婚事由が定められており、この訴因で
争われますね。
1 配偶者の不貞 2 悪意の遺棄 3 3年以上の生死不明 4 強度の精神病で回復の見込みがない
5 その他婚姻を継続しがたい重大な事由

依頼者の夫人は、上記5を原因として離婚を請求しています。夫との出会い、婚約、結婚生活の過程において夫の、妻子に対する思いやりのない態度、身勝手かつ自己中心の気分屋。首尾一貫性のない言動、育児に対する非協力、侮辱的言動、日常的な暴言、などで、夫に対する違和感、不信感、恐怖が募る一方になり、信頼感、愛情を喪失し婚姻の継続しがたい事由として夫の具体的な言動を挙げています。

また、金銭に対する執着、自殺をほのめかして妻の心理を試す行動(カマをかける)、日常的な虚言、言葉巧みで多弁、夫に説教されると「自分に非があるのではないか」と錯覚してしまう、などで夫人が翻弄されて心身が疲労していくことが克明に記されています。

「東大卒、一流企業で将来が約束された夫」、の呪縛を自ら解き、実家に逃避しなければならないほど夫から日常的に精神的虐待を受けてきた妻。
「その他婚姻を継続しがたい重大な事由」を訴因にして裁判離婚を考えているご婦人にとってこの手記(手記を基にして訴状が作成された)は格好の教本になると思います。

投稿記事のモラハラ夫は東大卒です。

過日、読売新聞が「東大解剖」・「心の問題を抱かえる東大生が増えている」特集記事が掲載されていました。記事の要点は
〇境界性人格障害(衝動的、愛情要求が強い。自立心が乏しい)。
〇演技性人格障害(自己中心的、演技的、感情の表現がオーバー)。
〇自己愛性人格障害(自分は特別だと思い、そのように扱われるべきだと思っている。共感能力が欠乏し、嫉妬深い)。この三項目の気質が顕著です。今回の事例の夫は上記3つの項目に該当する人格障害者でした。

調査結果。夫は妻と別居して離婚調停中にもかかわらず、毎週金土日、1カ月8人の女性とドライブ、観光地巡りのあとラブホテルに入ったことを探偵が捉えることができました。ネットの出会い系でゲットした女性たちと思われます。多分、「東大卒・大企業」というハイスペックの謳い文句に釣られて清楚な服装でめかし込んで現れた女性たちの姿が痛々しかったです。

この女性たちの一人とアパートを借りて半同棲を始めたことを探偵の報告で知った夫人は、「ああ、また被害者が増えた」とため息をしました。


私のような被害者が出ないように、出会いから離婚訴訟を起こすまでの出来事を詳細に述べてみます、私は夫と職場で知り合って結婚しましたが出会いから異常でした。

1.出会いから新婚までの経緯等
 夫は東大卒で日本有数の電力会社に勤務しています。
 彼から私の両親に対し「結婚を前提にお付き合いさせて欲しい」と申入れがあり、両親が承諾してお付き合いを始めた。しかし、付き合い始めた当初から、自己中心的な性格であった。一例をあげると、私が待ち合わせ時間に5分遅れたことがあったとき、彼は私を罵倒しながら遅刻を攻めた。こんなことでこのような怒り方をする人を見たことはなく彼に不信感をもった。
 やがて彼からプロポーズされたが、生活観の違いから結婚してもうまくいかないと思い、プロポーズを断り別れることにした。が、彼は納得せず私に会うため執拗に私の家にきて居座るようになった。私は帰宅できず一週間ほどビジネスホテルに宿泊した。どうしても居座りが続くため彼の上司に来てもらい、彼を強制的に帰宅させることがあった。そうしたところ彼は会社を辞めると言い出し、〇県にある彼の実家に帰り、そこから私の家に連絡してきて「〇県の実家に来てほしい」と言った。私は、彼がこれほどまでに私を必要としているのかと思い、彼のプロポーズを受け入れた。私は彼と結婚し、茨城県内に住みやがて長男和也が誕生した。
2.婚姻の破綻
(1)婚姻を継続し難いこと
 夫の、私と長男に対する思い遣りのない態度、身勝手且つ自己中心的気分屋の性格と首尾一貫性のない言動、育児への非協力、妻の私に対し繰り返される侮辱と侮辱的言動などにより、夫に対する信用、愛情を喪失したことが、夫婦間の「結婚生活を継続し難い重大な事由」です。そして、私が離婚をはっきり決意したのは、後述する幼い子供の目の前でワイングラスを叩き割る暴力的な行動を契機に、それまで必死に耐えてきた夫の言葉の暴力や脅迫的な行動にたえられなくなったときです。

(2)具体的なこと
① 結婚当初
a ある日、夫は友人とゴルフに行くと言って出かけたがそれは嘘で、実は女性と会っていた ことを夫の携帯のメールをチェックして知った。その日夫は午前0時過ぎに帰宅した。携帯 電話を必ずロックしておく、明け方帰宅するなどいくつか不信感を抱かせることがあるの で夫に問い詰めると、ゴルフだと嘘をついて実は女と会っていたことを認めた。結婚して 半年程度でこの行為に私は夫に大きな不信感を抱きました。
b 夏ころ、私が食中毒にかかり病院に行かなければならない状態なのに夫は連れて行ってく れず私は父母に病院に付き添てもらった。私は、夫婦としての配慮が夫にはないと感じま
した。
② アメリカ出張中の出来事
a 夫がアメリカに出張することになり、私に会社を辞めてアメリカについてきてくれるよう に頼んだので私はやむなく退職して夫に同行した。向こうの生活でケンカすることが度々 あったが、「自分の意思でついてきたのだろう」「会社を辞めたのも自分で決めたことだ ろう。」などアメリカに赴任前に自分で言ったことと正反対のことを言った。 
  夫の発言は、常に首尾一貫しておらず気分しだいでころころ変わるのです。また、ケン カのときには、「荷物をまとめて日本に帰れ」などと言った。このように生活の中で優し さに欠ける行動が続くため私はホームシックにかかったが夫は顧みることもなく一人で自 由気ままに旅行をしていた。

b 私は、夫の自己中心的な言動に嫌気がさして二度帰国したが、私の母がいれば二人の諍い も緩和されると考えてアメリカに戻る際母に少しの間同居してもらうことにした。しかし 母を交えた生活でも性格に変化は生じなかった。例えば観光の時、田舎出の母親を気遣う こともなく自分で行きたいところだけを連れまわすだけで、地下鉄を一駅乗り過ごしたと き、夫は母に向かって「早くしないから乗り過ごしてしまった!」と嘆いたり、お土産を  たくさん持って帰ろうとスーツケースに詰め込んでいたときも「そんなに荷物を入れた  ら、重量オーパーらなりますよ!」と軽蔑の目で言うのでした。このように人の心情を理解 できないのであり、このような性格が夫ととは一緒にやっていけないと考える理由です。

c アメリカでの生活で、私はテレビ・ラジオもない部屋で生活をさせられ、インターネッ トは1日1回と制約され、生活費として与えられた金額だけ使うことを許されただけの生活 でした。夫は私に無駄使い等認めないのに、自分で平気で贅沢をする。このような夫に対 する違和感、不信感は募る一方でした。

 

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③ 長男誕生
a 長男和也が誕生。夫はほとんど育児に協力してくれなかった。夫は、私に、「子供の相手 をしていればいいのだから専業主婦は楽だろう」などと無神経な発言をするので、これに 反発して口論になったとき、「お前が自分と同じ、給料を持ってくれば自分は専業主夫し てもいい。」と言った。育児は非常に手間がかかりストレスもたまる大変な仕事です。こ れを理解しない夫と心を通い合わすことができない。共通の認識が得られないことに落胆 しました。
b 夫婦で長男を小児科に連れて行ったことがあった。夫は駐車場にいて待合室には来ず、
 「診察が遅い。会社に間に合わなくなる!」などといって怒り出し、私が長男を抱いて完全 に乗り込まないのに急発進しようとしたのであわてて乗り込んだ。もう少し母子に配慮し た行動をとって欲しいのが心情です。
c 長男のチャイルドシートを購入したとき、私に「5万円もするような高級なものを勝手に 買うな。」と怒った。夫は私に内緒で高級時計2個購入しているのに5万円の買い物に目く じらを立て、しかも高級時計の購入は私に証拠を突きつけられるまで隠していたのです。 このように、夫婦であるのに事実がバレルまで隠し続ける夫に対し不信感は募るばかりで す。そして、自分の事は棚に上げて人を非難する自分勝手な人だと改めて思いました。
d  夫婦ケンカのたびに、「専業主婦は楽でいいよな!」、「俺と同じ給料を取ってこい!」 といった暴言を浴びせられることに嫌気がさし、資格を取って働こうと考えある国家資格 取得を決意した。夫にそのことを話すと、「資金がかかるからダメだ!」といって不機嫌に なり全く聞く耳を持たなかった。私は、資格を取得して働く夢を諦められず、「資金は私 の実父に出してもらう」と夫に話したところ夫はあっさり承諾した。夫にとっては、私の 夢や希望より、夫婦のおカネの維持のほうが大切なのだと気づき、私に対する愛情の欠如 金銭への執着心、利己性を痛感しました。

④ フランス赴任決定後の出来事
a 夫のフランスへの赴任が決まったが、私はアメリカに夫婦で赴任したときの嫌な経験か ら夫と一緒にフランスへ行くことを拒否したところ、夫は、「同行しないなら離婚する」 と言い張ったため、私は短期大学に通学して資格取得の勉強中であったが、仕方なく休学 してフランスに同行することにした。私は自分の目標を一時中断して家庭を円満にしょう と努力したつもりでした。

⑤ フランス滞在中の出来事
a 夫のフランスの滞在に私と長男も同行したが、休日など夫は一人で観光に出かけ、育児 に相変わらず協力せず母子家庭同様の状態でした。夏、夫の思い付きで家族旅行をしたと き、ホテルに着くや夫は音楽をダウンロードしてパソコンに夢中になっていた。長男が夫 に相手にしてほしがっているのに全く相手にしてくれなかった。妻子に、もっと優しくで きないのだろうかと考えずにいられなかった。
 旅行は車を利用した。初めての道路なので運転を怖がる私に夫は、「自分がナビゲーター をするからお前は指示通りに運転すればいい、それくらいはできるだろう!」と突き放なさ れた。「慣れない環境だから俺が運転する」と言ってほしかったのですがそのような心情 を酌む思い遣りがないのです。
b ある日、夫に30分だけ子供をみてもらうことにして私は散歩に出かけたことがあった。 家に近づくと子供の泣き叫ぶ声が聞こえた。部屋に入ると夫はベットに寝転んでいてその 脇で子供が大泣きしていた。夫は、泣いた子を少しあやしたが、いつまでも泣き止まない のでそのままにしておいた、とのことでした。わずか30分の外出の間さえ泣き叫ぶ我が子 をあやそうともしない夫に父親としての自覚があるのだろうかと落胆するとともに、夫の 気持ちが理解できませんでした。



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⑥ フランス滞在中の出来事2
c 家族でフランスで生活しているとき私の母親が交通事故の被害に遭い亡くなりました。
 亡母の事を思い出し感傷的になって涙すると夫は「自分が泣かしているみたいだから泣く な」という。涙を流す心情が伝わらないのだと、更に悲しい気持ちになった。
d 母親が突然亡くなったことで私は日々悲しみに暮れていた。ところが夫は何かの拍子に怒 り出すと、「お前は母親の死亡保険の補償金で生きて行け」といったり、亡き母親の写真 を見ながら泣いていると、「泣いても仕方ないだろう。死んだ人間より生きている人間を 大切にすべきだ」など、私が故人を悼んでいる感情は全く無視され、さらに「自分より、 亡母を大切にしている」といって私を深く傷つけた。私は、夫との心の隔たりの大きさに 悲しみが増すばかりでした。
e 私は亡母をしのんで毎日線香を焚いていたが、ある日夫はその中に自分で吸ったたば  この吸い殻を乗せた。私はこの行為に唖然となった。私と亡母に対する冒とくとしか取れ ない。夫には人として最低限わきまえるべき礼儀や常識が欠落しているとしか思えなかっ た。
f  夫は、子供が寝付きそうなときに酒に酔って部屋に入ってきて、明かりを点け、自分の 不平不満をまくし立て、「お前は自分のために何もしてくれない。専業主婦は楽でいいよ な。昼間はいつも寝ていられるから楽でいいよな。お気楽でいいよな。ここへはお前の意 思で来たのだから帰るなら荷造りは自分でやれ。極悪人には子供は育てられない。」と怒 鳴った。
 その時の気分で罵詈雑言を浴びせたり、言うことがころころ変わる夫の身勝手な性格は直 らないと思わずにはいられなくなりました。
g 子供に対しても、離婚が決まってもいないのに、「パパは本当のパパではなくなるか  ら」と言ったり、一人で激高して子供の面前でワイングラスをたたきつけて割った。幼児 面前でグラスを床に叩きつけて割るなど、常軌を逸している行為としか思えません。
 また、子供には寝ろと言いながら、その脇で喫煙をし、ボリュームを最大にしてCDをか  け、酒に酔いつぶれて寝てしまうなど、子供のことなどまるで考えない傍若無人ぶりで  す。ある日、子供が塗り絵遊びに夢中になり文具「のり」を大量に使ったことを「どうし て無駄に使うんだ」となじり、また、クレヨンをじゅうたんに落としたとき「クレヨンは じゅうたんに色が付くから今度落としたら捨ててしまうから。」とムキになって叱るので 私が反論すると、「じゃあ好きなだけ汚せばいい。」と不貞腐れるのでした。夫は機嫌が 悪いと物にあたり破損させる。それについては謝罪も反省もしないのに、子供がじゅうた んに落としたクレヨンにはこのようにムキになるのを見て、自分のことは棚に上げて、人 のことを平気で非難する身勝手な人だと何度も思い知らされました。
h ある日、夫婦ケンカの末に離婚話が出たとき、夫は「自分は生きていても何の楽しみもな いから死ぬ。」などと言って日本酒をがぶ飲みし、ベルトを持って部屋を出ようとした。 私は夫がベルトで首を吊って自殺するつもりだと思い、何度も止めようとしたが私を振り 払って車で出て行った。私は2歳の子を部屋に残しておくこともできず、夫の帰りを待つし かなかった。そうしたところ、夫は戻ってきては、また車で出ていくという行為を4度繰り 返した。私は一睡もせず待っていたところ、午前3時過ぎにようやくベルトと日本酒を片手 に部屋に戻ってきた。私はほっとしたが、このような行動に出る夫に理解不能の部分があ る事を思い知らされて心身ともに疲労してしまいました。

(3)まとめ
① 結婚生活中、夫婦ケンカのたびに、「お前はいつ働いているんだ」などと、専業主婦は何 も仕事をしていないかのような発言をして妻を侮辱し続けました。
② 夫は、妻と子供が一番大事だと言っている。しかし、妻から見て夫の言葉には虚言が多  く、行動が伴っていない。夫婦ケンカのたびに、「離婚する」と言う。その他の暴言や虚 言の繰り返しによって妻の夫に対する信頼度や愛情は徐々に薄らいでしまいました。
③ 夫の暴言、虚言、言葉巧みな(話術による)説教によって、私はいつも自分自身でいつも  身構えたような防御態勢になり、自分が何かおかしいのではないか、自分が何か見失って いるのではないか、と自分に原因があるかのように錯覚し、自己不信に陥ったこともあり ます。
④ この夫と婚姻を継続すると私自身が潰されてしまう危険をはっきり自覚しています。もう 無理です。助けてください。

依頼者 内田幸一(32)会社員 独身
対象者 女ストーカー

調査目的 ストーカー対策・女の身元調べ

相談概要
携帯電話の出会い系で知り合った(自称)青木加奈子と性的関係を持って交際1カ月。彼女は、感情の起伏が激しく情緒不安定というか、精神的異常を感じた。普通の人間ではないと思い、理由も言わず逃げるように一方的な別れ方をした。間もなく、昼夜の別なく自宅と会社に無言電話が入るようになった。青木と交際中に、聞かれるまま、自宅、会社の電話を教えたことがあるので別れた青木の行為だと直感した。

特に、会社へいたずら電話が頻繁に入り、事務員に僕の名前を言って呼び出して出ると切れている。中傷電話がかかってくる。会社に事情を説明して対策を検討していただいて、僕の呼び出しについては、「業務中」を理由に呼出しに応じないことにしてくれた。無視すると会社の門付近を歩き回るようになった。避けるように裏門から出退勤を続けると、ある日電車の改札口に立っていた。あわててホームに戻り次の電車で一駅先で降りてバスで会社まで来た。不気味さを感じるあの女性とは怖くて話し合いはできない。

このまま会社にいたずら電話が続けば私は解雇される。また、自宅付近の住民に僕を誹謗中傷する投書があり、両親もノイローゼになってしまった。僕もおびえ続けてうつになった。このような状態が3カ月続いている。
警察に相談すると、「電話がかかってきた時間。回数(着信記録)をメモしておくように。できれば、会話録音をとるように」とか、「手紙、ビラなどを保存しておくように」など指導してくれたが、「電話の逆探知」などは、よほどの犯罪でなければだめだと言われた。警察は今のところあてにすることはできない。
僕として、女の住所を突き止めて対策を立てたい。何かいい方法を教えてほしい。

調査結果
女の携帯電話番号から、所有者・住所氏名の情報を取得した(2003年5月個人情報保護に関する法律制定以前は、闇・データバンク屋に問い合わせると、個人の情報、例えば銀行口座・残高、勤務先、健康保険証番号、家庭の固定電話などほとんどなんでも個人情報が有料で入手できた)。女の実家の固定電話も判明した。固定電話の住所から、女の住民票、戸籍謄本を入手して家族構成も分かった。女の自宅から行動調査をした結果、昼は、「便利屋」でアルバイトをしていた。夜は週3日風俗店でバイトをしていることが分かった。

女への対応
依頼者は、女の携帯番号へ電話した。「あなたの本名は○○ですね。勤務先は○○。夜のバイトは○○ですね。住所は東京都世田谷区○○町〇番✖号、父母の名前は○○・・。こんご、今までのようなストーカー行為を止めないと、こちらから仕返しをするか、警察に貴女のことを訴える。あなたの情報すべてがわかったので、警察はすぐに動いてくれるから・・」と告げた。
それ以降、電話攻撃、手紙は止まり、会社、駅の待ち伏せもなくなった。

探偵の眼
ストーカー対策は、行為者が元夫とか、元彼など身元が分かっている場合と、身元分からない者によるストーカーなのかによって、対策が分かれます。身元が分かっているストーカー対策は、覚悟のうえでやっているのですから難航します。躊躇することなく警察へ相談することです。身元が分からないストーカーの場合は、この事例のように正体を暴けばあっさり引く場合が結構あります。高齢化社会を映し出す面白い事例があります。一人暮らしの70歳の男性は、スーパーの椅子に座っている65歳くらいの女性に声をかけ、意気投合してお茶飲み友達になりました。以後、毎日男性宅に来て部屋の掃除・庭の掃除をしたり、手紙を毎日届けにきたり、男性の先祖代々の墓地掃除をしたりしました。女を疎ましく思った男性は、女に一方的に絶交を申し渡したところ、女は毎日通って道路に立って監視を続けるようになり、一日300回も無言電話をかけ続けて警察に逮捕されました。
本題の内田幸一や、スーパーで声をかけた70歳の男性のように、女性からストカー攻撃を受けないためには、恨まれない別れ方をすることですね。それ以前に(交際前に)、男女ともに、その人の言動を観察してストーカー気質があるかどうか見抜くことが一番の対策なのですが・・・。



依頼人 妻 飯田江梨子(27) 主婦  
対象者 夫 飯田博之 (30) 会社員 共に仮名

調査目的 

ある精神病院の廃病棟


夫の浮気調査

相談概要
本人の手記 より
ファミレスで知り合った夫と交際を始め、半年後に婚姻届けを出しました。夫の実家で母親と夫の妹と同居の新婚生活です。同居をして分かったのですが、夫と母、妹は何をするにしても常に親子連れだって行動し、どんな些細なことでも夫と母と妹3人で話合って事を決めるので、私は会話に入れず常に無視されていました。例えば、夫の出勤退勤も母が車で送迎する。病院も母親と共に行く。空腹も母に訴える、などです。交際中は気が付かなかった夫の幼児性に失望し、家風の違いに夫と口論が絶えなくなりました。口論になると母の部屋に逃げていき母が代弁に出てくるのです。夫は母親に操縦されており、自分の意思や人格はなくて抜け殻のようです「これって、アダルト・チルドレンていうんじゃない?。しまった!」と思っても、遅かったです。私は妊娠していたのです。実家に帰って心身の静養をしたかったのですが、父と母は家庭内別居状態になっていたので帰ることもできませんでした。

精神的ないじめが続く日常生活でした。義母と義妹から声をかけてくることはなく、私の外出時も帰宅時も無視です。義母と義妹の洗濯物をしても、贈り物をしてもお礼を言われたこともありません。結婚当初は、家族全員で食事をしたのですが、やがて義母と義妹はこれ見よがしに食事を別室に運んで取るようになりました。私の実家からもらった食物は無断で捨てられ、冷蔵庫の食品は義母と義妹の名前を記入して保存しておき、家族のために私が作った夕食のメニューを作り替えたり、居間の炬燵と台所で使用しているストーブを撤去してしまうなど陰湿と露骨ないじめが続きました。

義母は、私に「室内で犬は飼わないように」と厳命しておきながら、自ら犬を飼い始めました。
家族の食器で犬に餌を与え、私が犬用の便器を買って与えても義母と義妹はそれを使用する訓練をしないで、犬が庭でした糞尿はそのまま放っておき、室内で糞尿させて始末もせず、私の母が遊びに来ても、糞尿で汚れたままの部屋に通して対応したのです。私は、「ここの家族は心が壊れている」と確信しました。

夫と義母は、妊娠している私の脇で平気でタバコを吸い、妊娠後期になってお腹が張り家事がつらくなっても、家族全員は体のことを気遣ってくれないうえ、私が赤ちゃんの用品を買いそろえたところ、「まだ産まれてもいないのに」と大笑いして馬鹿にするのでした。

やがて無事出産できました。夫は、出産費用の用意もしないので私の貯金から病院に支払いました。
産後、夜中の授乳や昼間の家事、育児で睡眠不足で意識が朦朧としているときでも、夫はいたわりの言葉もなく朝までテレビゲームに興じていました。乳児を沐浴させるときでも、家族と犬が優先して風呂に入り私は最後まで待たされました。

画像はイメージです




本人の手記より 続
夫は、母と妹から離れては自立できません。「この実家から出て自分たちで家庭を築いていこう」と必死にお願いしても冷笑するだけです。同居した当時、夫自身の人格のなさに失望したのですが、口論になると豹変して暴言を吐く性格の持ち主であることがわかりました。
私が、夫に義母と義妹の批判めいたことを言うと激怒して話合いになりません。どのようなことでも常に義母と義妹の側につき、「家事をしない、挨拶もしなくなった、それでも家族かよ!」「夜の関係も疲れているからなど言い訳ばかりして俺の求めに応じない。お前は妻失格だ!」と、私の言い分を聞こうともしないで、一方的に罵り続けるのです。夫は、些細なことでもすぐに顔色を変え唇と手をふるわせて激高するのでとても怖いです。何で怒ったのか理由さえわからないこともあるのです。会話するときは顔色をうかがいながら言葉を選んで話すようになり、心が安らぐ時もありません。

居場所のない生活の連続でストレスが頂点に達し、頭痛、めまい、吐き気などで体調がボロボロになった時、用あって義母の部屋に入り何気なく鏡台を見たところ、以前にもそのことで口論になった、夫が以前交際していた女性の写真が大事そうに写真立てに飾ってあるのを見つけました。

私は、ここに嫁いでから今までの夫と家族の仕打ちを思い返し、写真を未練がましく飾っておく夫の事を考えると我慢の限界を超えました。
よく考えないで勢いで離婚した結果、生活に苦しんでいる同世代の母子家庭を見るたび、「子どもを犠牲にしたくない」の一心で踏みとどまってきました。しかし離婚する不安より夫の家族と一緒にいると自分が本当に壊れてしまう危険を感じました。家族の留守に、手荷物を持って子供を抱いて実家に逃げ帰りました。

探偵の眼
しばらくして、江梨子さんは母親と相談に来ました。「協議離婚で慰謝料など取れる相手ではない。調停~裁判離婚を考えている。『離婚理由は性格の不一致』だが、この証明はなかなか難しいらしい。ダメで元々なので夫の行動を調べてほしい。もしかすると、他の女と交際しているかもしれない。だとしたら、私は、有利な離婚ができる」という趣旨。早速、飯田博之宅の張り込みを開始した。その結果、朝の出勤時間帯、夕方・夜の帰宅時に博之は、女と一緒なことが分かった。しかも一週間連続の出入りなので、この女は飯田家に同居している様子。その状況を撮影して江梨子さんに見せたところ、「あ!アイツが元交際していた女だ・・」と、悔しがるより小躍りして喜んだ。

それから
家庭裁判所調停に於いて、2回目に江梨子さんの主張に近い額の子供の養育費、慰謝料が認められました。博之の勤務する会社は、東京に本社があり地方の工業団地の中にある比較的大きな電子部品製造工場です。離婚調停を長引かせて社内に知れ渡る外聞を恐れて早く合意したのかもしれません。

人物はイメージ



これは、夫婦問題に関する相談に事務所を訪れた婦人が持参した日常の生活を記録した(手記)を参考にしたフィクションです。

相談概要
離婚裁判を見すえて、弁護士さんに相談する。夫の特異な性格を理解できるように、夫婦の結婚当初から婚姻関係が破綻するまで順序立てて整理してほしい。 との要望でした。
どうして探偵事務所にこのような依頼をするのか?の問いに、

「探偵は仕事柄いろいろな夫婦の不倫問題について、その配偶者の中で境界性人格障害(ボーダーライン)、精神病質(サイコパス)、など異常人格者を見ているはずだから理解が早いと思った。」との答え。確かに、幻聴、幻覚、盗聴、盗撮、ストーカーなどの被害を訴えて、警察署~市民相談室~裁判所~弁護士事務所などをたらい回しにされてたどり着くのは探偵・興信所が定番のコースなのです。被害妄想の人たちが圧倒的に多いのですが、配偶者の不倫が引き金になって、うつ、重い心の病など精神的に障害を持っ人もいるようです。
いろいろな相談者が夫から受けている日常的な仕打ちについて、直接的な暴力の場合はDV被害として実態がすぐ把握できるのですが、「精神的な苦痛」を受けているという相談は、夫の言動と妻の受け止め方が夫婦それぞれ違うので苦痛の本質を知るのには難しいのが実感でした。

1988年(昭和63年)東京足立区綾瀬で発生した少年四人による「女子高生コンクリート詰殺人事件」。1988年(昭和63年~平成元年)宮崎勤による「幼女連続誘拐殺人事件」。1997年(平成9年)少年Aによる「神戸児童連続殺傷事件」。1999年(平成11年)埼玉県桶川駅前で白昼女子大生が刺殺された「桶川ストーカー殺人事件」。これらの重大事件が発生するたびに、犯人たちの成育歴や親たちの教育、家庭環境について検証され、人格障害、多重人格、パニック障害、心の病など精神科医は社会問題を分析・解説した書物を著わしました。

国が「発達障害支援法」を定め、施行されたのが平成17年です。自閉症、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、などの発達障害は教育現場を中心にずいぶん認識されるようになったそうですが、おなじ発達障害のアスペルガー症候群については、知的な面での発達障害が見られないのでついつい見落とされがちといいます。

ご夫人が持参した生活のノートを一読すると、夫の特異な人格によって妻が精神的に追いつめられていく様子がよく伝わってきます。これは、配偶者の独特な性格に戸惑い、苦痛を受け、翻弄されながら生活しているご夫人方に何らかの指標を与える記録かも知れません。

依頼者 藤原 良子(45)主婦・パート勤務 仮名  夫 藤原健一(47) 研究所職員 仮名
記録から
私は夫と知り合ってから1年で結婚しました。その1年間も九州と東京の遠距離交際でしたのでお互いよく知らない部分が多かったです。

1. 昭和〇〇年、結婚後間もないある日、待ち合わせ場所に夫が30分遅れて来たので私が怒ると、「間に合わせようと頑張ってきたことを理解すべきだ。あなたの考えはおかしい」と逆に非難されました。

2. 夫が台所で、化粧石鹸を使って食器の洗い物をしていたので、「台所用洗剤を使おう」というと、「あなたのやり方を押しつけるのはおかしい。それなら今後は自分でやるべきだ」といわれました。夫は、素直に人の意見を聞くことができないばかりか、自己主張が強く理屈っぽい生活であることがわかってきました。

3. 昭和〇年、長女が生まれたとき、夫から「父母がゆつくり泊りがけで見に来たがっている」といわれ、「来るなら病院に来てほしい」と夫に頼んだが、聞き入れられず退院後、すぐに自宅に泊りがけで来たため、準備、気疲れ、等で熱を出してしまった。
夫と舅姑は他人の立場とか心境を汲み取ってくれる人たちではないらしい。思いやりのない夫と舅姑に囲まれた結婚生活で私は疎外され孤立し、徐々に、「夫や舅姑とは生活ができない。私の育った環境とは違う」ことが分かってきて、後年、別居と離婚の意識を固めることになったのです。

4. 平成〇年、長男が生まれ子育てで一番忙しかった当時、夫は、仕事やボランティアで土日はほとんど不在でした。
「子どもをお風呂に入れてほしい」と、頼むと、「湯冷めするから嫌だ。自分は寝る前に入りたい」といってその通りにしていた。自分の意志を通すだけで、私の疲労など全く理解しょうとしません。

5. ある日、夫は、「あなたのやっていること(家事)を私はできるが、私がやっていること(仕事)は、あなたはできない」といいました。私とは、格が違うと言いたいのです。夫は心ない一言をいって人を傷付けることは何とも思わないひとです。
何か頼みごとをしてもやってもらえないので「どうしてやってくれないのか」聞くと、「人に頼んだらその人の都合でやるのだから、そのように不服をいうのなら自分でやるべきだ」といわれた。その結果、ほとんどのことは自分でやるようになった。

土日などは、私と子どもたちで、友人や妹夫婦のところへ行って遊びに連れて行ってもらうことが多くなった。そうすると、夫は携帯電話で今どこにいるのかと聞き出して居場所を転々と追いかけ回すようになりました。自分の理屈を押し通すくせに、猜疑心が強く、他人(私の友人、妹夫婦)の自分に対する評価を異常なほど気に掛ける性格であることもわかってきました。

6. 夫の特異な性格にうんざりしてしまい、私は、もう別れようと決意して長女を連れて実家に帰ったところ、夫が追いかけてきて、「子どもを産んだ責任を放棄するのか。ちゃんと育てる義務があるはずだ。」と理路整然と説得されて家に帰りました。このように自分なりの明確な根拠を持って、「あなたが間違っている。」と主張することが夫の際立った特徴です。

7. 子どもたちが、夫婦の言い合いを嫌がっていたので、できるだけ子どもたちの前では避けたいと考えた。
お互いの意見は何処まで行っても平行線で、「・・ではあなたはどうなの」と結論を聞くと黙ってしまうし、夜中まで話し合いをしても話題が横道にそれて何も結論がでず、1時、2時になると私は意識が朦朧として、翌日は疲れ果ててしまいました。夫は頑なに自説を曲げず、譲歩してくれません。

8. 子どもたちの学校の親子(三者)面談に、夫自身も参加しないと納得いかないと言いだすようになった。担任の先生には母親が行くと連絡していても、面談当日、夫が追いかけてきて四者面談になってしまうので子どもが嫌がり、結局私が参加しないことになりました。夫は、学校や社会のルールを守ったり、父子の関係性(子どもが嫌がっていること)も理解できません。
また、入浴についてある日突然、「いままで我慢してきたのだから、これからは一番風呂に入る。」と言い出し、家族の誰かが先に入るとお湯を抜いて、焚き直して入るようになりました。夫の考え方は一徹です。

9. 子どもたちが、夫に対し、口答えや反発、意見を言うと夫は、子どもたちには何も言わず、「あなたが注意しないのはおかしい」とか、「あなたがけしかけて言わせている」などと言い、「小学校高学年や中学生になったら、自分の意見で発言しているのだから、あなたが注意したら。」といっても聞いてくれません。自分の都合の悪いことになると無言を通す人です。このことも夫の特徴です。

10. ある年の正月。夫の東京の実家へ帰省する予定のところ、私は風邪がひどいため行けないと断った。夫は1月2日の夜に私の実家に飛んで行き、「妻も東京へ行くように説得してくれ」と頼んだ。父親が、「具合が悪いのに東京に行ったら風邪を皆にうつすから、子どもたちだけ連れて行ってはどうか」と意見しても納得せず何時間も帰らなかったそうで、頑なに主張を曲げないことに父も呆れたといいました。夫は、決まっている予定の変更を認めることができない人です。

以下、夫の特異な性格は病気なの? 2 に続く。

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11. 平成〇年〇月、二世帯住宅を建てた。東京に住む夫の両親がトラックで荷物をこちらに届ける日が長女の小学校の卒業式の日と重なってしまった。
海外出張中の夫から両親の引越し荷物の受入れなど手伝うようにいわれたが、私は、卒業式の役員を受けていたため、「とても手伝えない。日を変えてほしい」と提案したところ、夫と両親は怒り出した。夫は私の仕事先まで海外から何度も長電話して来たり、夫の両親は、近県に住む私の親に電話をかけて、結局私の母親が当日引越しの手伝いに来た。夫と親は他人の立場や迷惑など全く考慮することができず、他人に合わせることができない人なのです。

12. 月々少しずつ家族名義で貯金をしていましたが家の新築に支払っため、夫より子どもたち名義の預金高が多くなったのを知った途端、「こんなことはおかしい!」と言って自分の口座に移そうとしたので、「子どもたちの預金があとひと月で満期になるからそれまで待ってほしい」と頼んだのですが聞き入れず、さっさと解約して自分の普通預金に移してしまうなど、家族間でも融通がききません。

13. 私は妹(二女)の働く不動産事務所でパートとして仕事をしていました。ある日夫が職場に押しかけてきて、私のバイト代をいくら支払っているのか聞き出すため2時間以上も居座り、帰るそぶりも見せないところたまたま訪ねてきた妹の夫に、「ここは忙しい職場なので仕事が出来なくて事務の皆さんも困っているから帰った方がいい」と諭されて引上げたことがありました。夫は周囲にいる人の表情とかその場の空気を読むことができません。夫は、金銭のこだわりが異常に強くて、私のバイト代まで管理しようとするのです。

14. 夫が、私の妹の職場や自宅、私の友人のところへ相手の都合も考えず早朝や夜間に突然訪問して何時間もまとまりのない話を続けたり、バイト先に電話して、そこに私がいるかどうか確認することが何度かあったそうです。当時は皆気を使ってくれていたので後になってからこの事実を知りました。 私が行く先々で夫の悪口を言っていないか探っているようだったと聞かされました。夫には結婚当初から被害妄想の気質が見受けられました。

15. ある日、夜寝ている部屋に夫と舅が突然入ってきた。夫から、「父母に対し老後どのような面倒を看られるのか」と詰め寄られました。 今までのやりとりとか経緯を考えると「何々をやります。」といって、もしできなかった場合、「あなたはあの時こう言った」と追及され、身動きが取れなくなる事が目に見えるので、「私は親を捨てて(両親に猛反対され)、嫁になったけど、二女も三女も嫁に出てしまった。私は現在実家と行き来が出来ているので、私のできる範囲で両方の親にたいしできるだけのことをしたいと思う。」と答えた。夫は、納得せず、「具体的に何ができるのだ」と何度も回答を求めましたが、舅は、「できるだけのことをするというので、それでよい。」と、話は終わりました。
このような問答は常識的な家庭ではありえないことであり、この親子の精神に暗澹とした思いになりました。

16. 平成〇年〇月。私の父親が亡くなった。病院から亡父が自宅へ帰り、実家の家族・親族で通夜、告別式の打ち合わせをしているとき、夫が、「喪主は前から自分だと思っていた」と言った。居合わせた誰もが喪主は母親だと伝えると、「母のこれからの生活費はどうなっているのか、相続はどうなるのか」と言い出したので、このような場で話題にすることではないので話を止めてもらいました。が、実は父の闘病中に妹の夫のところへ二度もこのことについて話に行っていたことを知りました。

17. 葬儀の日の夜遅く、夫が実家に来た。父親が生存中は夜遅くに来られても対応できたが、今後、こちらの都合も考えないで夫が押しかけてきたら、母一人では対応できない、ということになったので、わたしは夫にその旨の手紙を出しました。夫婦間でこのような不安が生じること自体異常だと思います。

18. 父親が亡くなって49日位までは母親一人で心配だし、相続などいろいろな手続きなど事務処理が多く、妹たちもなかなか実家には来られないため私が多めに実家に帰っていました。
この月日を境にして夫が預金通帳類と保険証の管理を始めたため、生活費を下すことも子どもたちへの仕送りや学費払い込みもできなくなりました。 そのうえ夫は、「私の留守中に勝手に家の物を持ち出さないでください」とメモ書きを置いておくのでした。夫婦であり、しかも私の私物さえも勝手に持ち出すなという夫なのです。

19. 私は、夫の数々の奇行(私の考える世間の常識、夫婦間の常識と比較して)を舅・姑に訴えて協力して頂き、歯車のかみ合わない夫婦関係の修復を図ろうとしました。しかし舅は、「なぜ夫婦で話し合わないのか。夫婦なのだから話し合えば分かるはずだ」と夫の言動を問題視しておらず理解は得られなかった。 私は、結婚生活の継続はこれ以上無理と思い、舅に「しばらく実家に帰ります」と告げました。

20. 〇日。自宅から着替えや身の回りの私物を持ち出す日。運び出す物品の内容数量を書面にしてその証人になってもらうため私の友人に同行して頂いた。
自宅に入ると、家の中で舅姑が隠れるようにして私たちの行動の写真撮影を始めた。友人は舅が立っているのに気が付き挨拶(会釈)をしたのですが無視されました。舅の行為は常識的に考えられず、この一事だけでも夫と両親の考えは常軌を逸していることを改めて思い知りました。

夫の特異な性格は病気なの? 3に続く

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夫の友人Aさんを交えて離婚に向けて話合いを始めました。

21. Aさんは夫の古くからの友人ですが、私は、夫婦間に公平な立場に立てる人柄だと認めているので夫婦の話合いの立会人になってもらいました。一晩中の話合いになってしまう可能性が大なので、Aさんは午後10時までに結論を出せるように仕切ってくれた。

(1)私から、離婚したい理由を説明した(話合いのため書面にまとめた要点・抜粋を口頭で)。
要旨、夫とはどこまで話し合っても平行線になって結論が出ない。むしろ夫の両親に直接話した方が大騒ぎにならないことが経験で分かった。但し、両親が私の主張を認めてくれることは別で、両親は夫と同じ考えです。
夫のペースで生活を維持するのは心身が持たない。父親死亡後の今の状態では、夫、舅姑と実家との間で身動きが取れなくなってしまうからきちんと離婚して、それぞれの親はそれぞれが看たらよいと思う。

(2)前記にたいする夫の意見
私の両親の言動とか希望、要望などを私が阻止しなかったことが問題なのか? 今までに、妻から離婚したいということは聞いていない。妻の言っている理由では離婚に納得できないし、離婚前提の別居は認めない。あなたの私物や娘の布団などを断りもなく持ち出したことは許せない。

(3)舅姑の意見(私は、夜10時になったので実家に帰るため別室にいる舅に挨拶に行った)
あなたの亡父の葬儀のとき喪主問題に関し、実家側についたのは重大な背信行為だ。現在、この家に帰ってこないのは家庭放棄だ。息子にだけ町内会の草刈その他自治会の行事をやらせるという妻は世間に居ない。恥ずかしいことだ。

舅姑と話している間、私が逃げられないように夫は出入り口の前に立ちはだかっていました。「衣類は後で取りに来ます」といって、ドアが少し空いて通れそうになったので隙間から逃げるように家を出て実家に帰りました。
この日の夫の行為や考え方を知って、婚姻の継続が無理なことを再認識しました。

翌日、立会人のAさんからその後のことを聞いたところ、「妻は説明責任を果たしていない。話の途中でいつも逃げ出す」と言ったそうです。

① 私は、明け方まで話し合っても、何も結論がでず、話していることを愉しんでいて話の本筋からどんどんずれてしまう。夫の話に否定的なことをいうと大騒ぎして会話を壊してしまうことも度々あった。

② ある日、夜中まで話が及んだ。いくら話しても平行線になってしまうので「もういい」と、娘の部屋に逃げ込むと追いかけてきたのでドアを閉めて抑えていたら押し合いになり弾みでドアが当たって眉の上が切れた。一瞬脳震盪をおこし、気付いてすぐ妹を呼びメデカルセンターに行くとき、夫が二階の窓から「私がやったんじゃありません~!」と叫んでいたこと。とにかく、話合いが夜半を過ぎると、私が逃げ出さないようにドアの前に立ちはだかり、逃げると追いかけてくることが繰り返されてきたのです。

③ 主人は、私が離婚する意思があることを聞いていないと言いましたがあれは全くの嘘です。いつも、お互いの生活信条の違い、お互いの両親のこと、そして離婚について、が話合いのテーマでした。父親の葬儀後、夫は、私に隠して自活している娘と息子に会って、離婚についてどう思っているか聞いたことがありました。

Aさんは夫婦の生活史を聞いて初耳なことが多かったようで驚いたようです。そういえば・・。あいつが海外に出張中に自宅の電話を買い替えたことについて、「電話に盗聴器を仕掛けたのではないか、それは妹の旦那さんの差し金ではないか」と言っていたな。そういう被害妄想・疑心暗鬼は夫の気質です。私と子どもたちが何処で何をしているのか追い掛け回されたことは数えきれません。

22. 市民相談室に行き結婚生活と別居状態に至った経緯を説明しました。
① 離婚を考えているなら、まず別居して離婚調停を申立てること。 ② 経緯を聞くと話合いは難しいし、夫はアスペルガー症候群とも考えられるので話合いは無理だと思う。話合いはしなくてもよい。 ③ 離婚を前提に別居することについて、夫の同意は要らない。 ④ 自分の荷物は堂々と取りに行くこと。などのアドバイスを受けました。

23. 〇日。友人たちと(持ち出した物の証人のため)私の衣類、実家からもらった和服、身の回りの物を取に行きました。荷物が多いので車三台を連ねて。 車に荷物を積んでいると、舅は勤務中の夫を呼んだ。駆けつけた夫は私の車の前に車を横向きに止め、一般車両も交互通行でしか通れないように阻めて、私の車から積んだ荷物を下し始めた。
夫と舅姑は代わる代わる、「なんの挨拶もなく勝手に共有財産を持ち出そうとした。略奪行為だ、盗人だ。(友人たちに)私の許可も得ないで家に入った、住居侵入だ。」と騒ぎ立て、友人たちの氏名と私との関係を確認し、舅は友人たちの写真を撮影しました。

「和服は一銭もあなたのお金を出していないのだから持ち出す」といっても、「話し合いがついてからでないと荷物の持ち出しは認めない」と、玄関ドア前に立ちはだかっていました。中で話し合おうといっても拒否され、外での騒ぎがつづき車は動かせない状態だったので、諦めて荷物を室内に戻した際、私たちが室内から出られないようにドアの施錠をされた。

「生活費ももらっていない状態なのだからこれからくる冬物の衣類を持って行ってはダメなのか」と聞くと、ずっと黙り込んでしまいしばらくしてから、「話し合いがつくまでは認めない。」の一点張りでした。荷物の持ち出しを諦めてやっと解放され車に戻るとき、夫は「荷物が積んでないか確認します」と一台ずつ車の中を点検したあと横付けしてあった自分の車を移動しました。

24. 過日、市民相談室に行ったとき夫はアスペルガー症候群らしいと指摘されてから、書店とかインターネットでそれに関する記事を読み漁りました。その結果、アスペルガー症候群は、自閉症、ADHD(注意欠陥/多動性障害)、LD(学習障害)などと同列の発達障害だということが分かりました。
発達障害は、3歳前後からその特性=障害があらわれて、特性は大人になっても変わることも直ることもありません。アスペルガー 症候群は、自閉症の特性を持ちながらも言葉の遅れや知的遅れがないことが多く、むしろ学問的に優秀な人が多いため、特に大きな問題を起こさない限り、子どもの時に見過ごされてしまうことがあります。しかし、成長するにしたがいその特性によって周囲の誤解を招いたり問題になったりすることが多いようです。

そして、アスペルガー症候群の人には、職場や友人の支援と家族の理解が何よりも大事、と結論付けています。夫は、医師にアスペルガー症候群と診断されたわけではありません。本人も発達障害があるとは自覚していないと思います。

25. 私は、双方の生活信条の違いについて結婚以来、何度も何度も話し合ってきました。しかし、ドアの前に立ちふさがれ逃げ道を遮られながら、どこまでいっても分かり合えない話合いを朝までやる根気は失せました。気力も体力も限界を超えました。

子どもたちが家に帰ってきてホッとできる家庭なら、家庭内別居をしてでも居続ける意味があると考えたこともありました。しかし子どもたちは家に帰ってくると体調が悪くなってしまうのです。子どもたちは大学を出て、もう独立する歳になりました。私はこれ以上心身を壊しながら家庭を守る必要性は見出せなくなりました。
夫の存在を考えただけ、言動に触れただけでも鳥肌が立ち委縮してしまうのです。私は夫と同じ戸籍に入っているだけで精神的に威圧をうけて苦痛です。このままでは狂死しそうです。たとえ別居していても、相手の妻という重圧は払しょくできません。
後記
アスペルガー症候群ことを知ってもらうために、依頼者と夫との生活上のやりとりの長い記録を再現しました。
アスペルガー症候群は、自閉症、学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)などと同列の発達障害の一種だということです。 アスペルガー症候群については、「夫は発達障害なの?4」ページに、その特性について「大人のアスペルガー症候群」監修(宇都宮大学教育学部教授) から、引用いたしました。
婦人の手記を読むとこの夫の言動がアスペルガー症候群の特性と驚くほど合致していることが分かります。興味のある方は4ページを参照してください。

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