熱油をかけ傷害事件で執行猶予刑で実家に帰っている妻との離婚協議の交渉依頼
依頼者 夫 新田次郎(38)中堅規模の土木建築会社・一級土木施工管理士
相手方 妻 新田幸恵(38)主婦 人物は仮名
次郎さん宅を訪問。コタツで一人横になっていた。温和な笑みで迎えてくれた顔と首回りがケロイドになっていて正視できない。
次郎さんの説明概要は次の通り。
バブル景気で建設業は大盛況で、毎日仕事が忙しく接待もあって連夜の午前様帰宅。土日も仕事に追われ自宅には「メシ・風呂・寝る」ために帰宅するだけ。夫婦生活もほとんどなかった。子どものいない幸恵さんは近隣との交際もなく、市内に友達もいなかった。
「たまには早く帰ってきて」「月に一度の土日くらい家にいて」と妻の願いを聞き入れず仕事と接待の飲食に明け暮れる毎日で、妻が孤立して寂しがり、夫に頼っている気持ちを見抜けなかった。事件後、わかったことだが妻は嫉妬妄想のため抑うつになり心療内科に通院していた。
一匹の猫を抱きながら深夜まで夫の帰りを待っている妻を疎ましくなった次郎さんは、深夜帰宅してケンカになるのがいやで、団地近くの公園の駐車場に車を止めて車中泊を繰り返すようになった。「女と外泊している」と邪推した妻と口論が激化する一方。元来が無口でおとなしい次郎さんは、幸恵さんにキチンと説明しないまま生活態度を改めなかった。そして、それが悲劇につながる。
沸騰した油を夫にふりかける
ある日曜日の朝。次郎さんは居間に寝転んで新聞を読んでいると、幸恵さんが鼻歌交じりで台所で何か沸かしている。笑みも浮かべていたという。次郎さんの頭上に鍋をもって無言で立った幸恵さんは中の沸騰した油を次郎さんの顔面や胸部にふりかけた。
「ギャー!」と叫んで部屋を転げまわる次郎さん。救急車で病院へ運ばれ、幸恵さんは自宅付近を放心して彷徨っているところを警察に保護されたあと逮捕された。次郎さんは一週間意識不明の危篤だったが一命はとり止めた。入院加療の後、臀部と太ももの皮膚を、顔や首、胸部などに皮膚移植して6か月後に退院。
幸恵さんは傷害罪で懲役5年、執行猶予3年の刑の裁判のあと、長野県の実家に帰っている。
長野県某市の幸恵さん宅を訪問。居間に幸恵さんのご両親、兄と妹が卓を囲んで座る。幸恵さんは別室に待機している。新田次郎の代理人としての挨拶のあと、長野県までの道のりにある観光地などを話題にした後、本題に入った。座中に緊張が走る。「新田さんは離婚に当たって何も要求しません。無条件です」とのことばに、座中の気が緩んだ。「奥さん側の言い分をうかがいます」と、私。父親が、「娘があのような事件を犯して、私どもの言い分などあろうはずがない。娘は、世間様に顔向け出来ないので遠方で暮らすことになった。アパート代や生活用品全てを援助するのだが、新田さまから気持ちだけのご援助をいただければ娘は心静かにこの地から旅立てると思います」と申訳なさそうにいう。 私は、新田さんが旅費の一部でも負担してくれる気持ちがあるなら、それは娘の行為を許してくれる証と受け止め、娘が心軽くしてよその土地で暮らせるように計らった親心だと理解した。
加害者側(幸恵さんとその家族)は、被害者に落ち度があったからこのような事件が起こった、と責任転嫁することも想定して話合いに臨んだが、母親はかしこまり、兄と妹も口をはさむことはなかった。父親は中学校の校長を定年退職した人、と次郎さんに聞いていたがその通り家風のよさを感じた。
月曜日に離婚届を役所からとり、幸恵さんの署名押印して新田宅へ郵送し、それが届いたら旅費の一部として金10万円を送金する。と合意して、幸恵宅を辞した。
帰って、次郎さんに顛末を報告。次郎さんから幸恵さんに渡す10万円と生命保険の受取人変更のため、証券と委任状をもらって次郎宅を出た。
四日間、離婚届が届いたとの連絡が無い。五日目の朝、次郎宅へ電話しても出ない。不審に思って近所の知り合いに次郎宅を見てもらうと、「居間に倒れて死んでいる!」と動転した声。次郎宅へ急行すると既に救急車と警察が来ていた。死因は心臓麻痺とのこと。
次郎さんの青森県の実家から両親、兄夫婦がこちらに来て葬儀を行った。ご遺族に、離婚が成立していないので土地建物の3分の2が幸恵に相続権があること。死亡保険金2000万円が受取人の幸恵に入る事を説明した。
次郎さんの兄は「土地建物の相続交渉と売却、保険金の行方などあなたにすべてを任せます」と言って、葬儀が終わると、関係各人に挨拶して帰ってしまった。金欲、物欲のない世俗離れした昔の禅僧みたいな人だ、と感じ入った。
次郎さんの死亡の状況を電話で伝えて、幸恵宅を再訪した。次郎さんの急死は、熱油火傷事件が原因らしいことは承知していた。今度こそ何を言われるのかと家族全員かしこまっていた。
郵便受けに幸恵さんの離婚届の封筒が入ったまま、死亡したので離婚は成立していない。よって、生命保険金を取得し、土地建物の相続権があること説明した。本来なら離婚が成立しており、これ等のものを取得する権利はないが、生命保険金は受取人の幸恵さんの口座に送金するよう手続きを行う。入金された保険金のうち、300万円は幸恵さんがこれから異郷で暮らすための再生資金として差し上げる、1700万円はこちらに返金してほしい。不動産を売却するが、所有権移転の時、関係書類を無条件で提出してほしい。と条件を提示して快諾を得てどちらも早々に実行できた。
次郎さん夫婦は不幸な結末になりましたが、両家の品性の良さに助けられ、後始末は円満な解決ができました。両家が憎み合うことなく和解できたことを次郎さんは喜んでいると思います。
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